文字数: 1,695

コードネーム:ブレイク (ブレイク・パラレル)



「豪炎寺」
「……うん?」

 車の後部座席で窓の外を眺めていた円堂は、ふと隣に座る豪炎寺の名を小さな声で呼んだ。豪炎寺は手元の写真から目を上げて円堂を見遣る。

「いい匂いがする」

 円堂の声量は低いままだ。一度前方のバックミラーを見て、豪炎寺は呆れたように息を吐き出した。嬉しそうに笑う円堂に、小さく仕方ないなと返す。スーツのポケットを漁って、飴玉を摘み出した。片手で器用に中身を取り出している。

「あ」
「あー」

 円堂の口に飴玉を放り込んで、豪炎寺はまたちらりと前方を見遣った。それから何事も無かったような澄ました顔で資料を手にした。

「……お前たち」

 それまで滔々とこれからの作戦を建議していた鬼道が言葉を止めてわずかにハンドルを揺らした。それですぐさまごまかしきれなかったことを悟り、円堂と豪炎寺は目を見合わせた。

「聞いているのか?聞いてないだろう!」
「決め付けはよくないぞ、鬼道」
「そうだぞ!鬼道!」
「……じゃあ今までオレが話していた内容を要点だけでいいから言ってみろ」
「鬼道が考えてオレたちが動く!以上!」
「おい!やっぱり聞いてないだろう!」
「飴お前にもやろうか?」
「要らない!」

 真剣に取り組まないとどうなるか、これは遊びじゃないんだぞ――滑らかに説教に突入し始めた鬼道の演説を有難く聞き流す。円堂と豪炎寺はそれぞれボタンひとつで窓を下ろした。

「ふざけてるんじゃないって。オレたちは鬼道が居るから、絶対失敗しないんだよ」
「円堂がそう言ってるんだから、そうなるしかないな」

 窓枠に片肘を預け、身を乗り出す。鬼道のため息が追い縋ったが、そこは頬に感じる強い風が聞き逃させたことにする。

「豪炎寺!何発!?」
「2発!」
「じゃあオレは3!」

 構えた拳銃で前方2台の車に先手をかける。狙うはタイヤ、足止めだ。自然と1台ずつ分担することになる。豪炎寺は車が安定している内に、古ぼけたコルトの引き金を引いた。乾いた音を立ててリボルバーが回る。隣でも軽い銃声がした。円堂だ。しかし相手も黙ってやられる人間たちではない。同じように身を乗り出して真っ先に豪炎寺に照準を合わせてきた。すぐに反応したが、それより円堂が早かった。相手の拳銃が吹き飛ぶ。

 たちまち失速し、コントロールを失った車の間を縫って、クライスラーの不恰好なセダンが公道へ躍り出た。随分無茶なハンドル捌きを要求されたはずだが、鬼道の首筋には汗のひとつも見えない。シートに勢い良く戻った豪炎寺と円堂は、窓を戻しながら笑みを交わした。

「悪い、6発使った」
「いや、パラベラムならそんなものだろ。オレは2だ」
「さすが!やっぱ豪炎寺はすげえぜ!」
「いや、オレじゃない、その銃がいいんだ」
「なんてったって、じいちゃんの銃だからな!」

 腕を交わして、利き手の銃を相手の空いた手の上に乗せる。一方は照星がわずかに欠けた古ぼけたコルト、一方は傷だらけのポリマーフレームを持ったグロックだ。距離が近くなったので、豪炎寺が小さく礼を漏らすと、分かっているのかいないのか、円堂は無邪気に何のことだと聞き返してきた。

「お前たちは……!だから人の話を聞けって言っただろう!オレがあいつらの車を追い越して、それからの作戦だったはずだ!大体!また銃を交換してたのか!?どっちもあと4発しか残ってないだろう!何でそんな……」
「4発あれば充分だろ」

 怒りながらもしっかりマガジンを放ってくるので、豪炎寺はそれを有難くキャッチした。いつも経費削減に努めている鬼道も、心配性までは捻じ伏せられないらしい。

「怒るなよ、鬼道。お前と豪炎寺が居れば、オレたちは負けなしなんだからさ!」
「円堂がそう言ってるんだからそうなるしかないさ、鬼道」

 はあ、重たい空気が車のシートの下へ潜り込んで行く。鬼道は深いため息よりも作戦成功の時の満足げな笑みが似合うので、豪炎寺は円堂に飴を差し出して、円堂がそれを鬼道の口元へ差し入れてやった。

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