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恋文特講



「うーん……」

 真剣な顔で腕を組み、低くうなった。可愛らしい文房具を片手にレジへ向かおうとしたOLっぽいお姉さんが、不審げな顔ですれ違っていく。しかし今日はそれに恥じ入っている場合ではないのだ。

『相棒、何をそんなに悩んでるんだ』
(いや……こんなに種類があるとは思ってなくてさ……。)

 今、遊戯の眼前に立ちはだかっているのは、色とりどりの便箋や封筒の数々だった。花柄の散っているものや可愛らしいキャラクターが踊っているもの、和紙風の渋いものから原色を使った派手なものまで、所狭しと棚に収められている。遊戯はもう一度ううん、と唸った。

『誰かに手紙を出すのか?』
(うん。まあ、ね。)
『電話やメールじゃダメなのか』
(雰囲気出ないからさ、やっぱ。)

 遊戯の答えに、もう一人の遊戯は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして見せる。それから興味津々という四字を背景に背負って身を乗り出してきた。

『相手は?杏子か』
(あ!あのね!変な勘繰りしないでよ!そういうんじゃ無いからね!)
『じゃあ誰に何のためにどんな雰囲気を大事にして手紙を書くつもりなんだ?』
(……海馬くんだよ。)
『海馬?』

 心底不思議そうな顔をしてのけるもう一人に、複雑な気持ちになる。確かに少し唐突な名前かもしれない。最近は学校に姿を見せることも無くなってしまったし、かなり疎遠だ。だがその名が出る度に周囲が唐突だと思えば思うほど、遊戯は海馬のことが気になるのだ。

(元気かなって、ちょっと確かめてみたいだけなんだ。)
『あいつのことだ。有り余るほど元気だとは思うが……』
(そういう予想じゃなくてさ。)

 あいまいな憶測と願望だけでなく、確かな反応が欲しい。くだらないとか、そういう一蹴でも構わないから、遊戯の発した何かに反応を返して欲しいのだ。そしてそれが見たい。

(ずっと会ってない友達の声が聞きたくなくなるのと同じことだよ。海馬くんは友達とかって嫌がると思うけどさ。)
『……そうかな』
(?何が?)

 何に対する『そうかな』なのか分からなかったが、もう一人の遊戯はそれ以上何も言おうとしなかった。遊戯の横に並んで興味深そうに便箋を眺めている。

『相手のことを考えて選んだ方がいいぜ』
(相手?)
『例えば杏子だったら、可愛い便箋を喜ぶだろうし、城之内くんだったら……どうかな。写真付きの絵はがきみたいなものが好きかもな』
(あ、分かるかも……。海馬くんは……)

 と、考えてみたがこれがなかなか難しい。青眼が載っていたら喜ぶ気がしないでもないが、残念ながらそんな便箋は置いていそうにない。

『そうやって悩む気持ちが、相手に伝わるものだと思うぜ』
(もう一人のボク……なんか格好良いね。)
『そうか?』

 しばらく悩んだものの、結局は薄い青地のシンプルな便箋を買うことにした。恥じ入る暇も無いと言えど、筆記用具以外の文房具をレジに持っていくのは少し気恥ずかしかった。

「次は中身だなー……!何て書き始めようかな……」

 こうしていると、思い出すのは本田の代筆をしたリボンちゃんへのラブレターである。あれも書き出しに悩んで大層時間がかかってしまった。

「もう一人のボクなら何て書く?」
『そうだな……。オレは、あいつに書くことなんて何も無いからな……』

 さすがのもう一人もこれには困り顔だ。いつも真正面から向き合って決闘している二人なので、言葉を使うのは逆にじれったいのかもしれない。シャーペンをくるくる回しながらそう考える。おかしな話だが、それが少しだけうらやましく思えた。

「こんにちは、お元気ですか……あたりが無難かなー」
『まあ、そうじゃないか?』
「それから何書こう……」
『それは相棒が何を伝えたいかによるさ』

 伝えたいことはきっとたくさんあるのだ。だからこうして、慣れない筆を執るのだろう。だがどうにもそれらはこんがらがって、ひとつの文章には結集しそうもない。

『自分の、相手に対する想いを一から書いてみればいい。自分の整理にもなっていいだろ?』
「なるほどー」
『どうして好きか、どこが好きか、だからどうしたいのか、ここは押さえておきたいな』
「……もう一人のボク?」
『どうしたんだ?』
「……っだからそんなんじゃないってば!もういいよ!一人で書くからさ!ありがとうございました!」
『はいはいどういたしまして』

 いたずらっぽい笑顔のもう一人を彼自身の心の部屋に追いやって、頭を抱える。からかわれると恥ずかしいが、居てもらわないと少し心細い。階下から何事かと尋ねてくる母親に何でもないと叫んだ。

「相手に対する気持ちかあ……」

 1文字目から字を間違って使う気の無くなった便箋の端に、つらつらと意味の無い記号を落書きする。

 同じクラスになっても、ほとんど会話を交わしたことはなかった。
 青眼を盗まれた時なんか印象は最悪で、ジュラルミンケースで殴られもしたのだ。今思い返しても痛い。
 その後は更にひどくて、じーちゃんや友人たちに危害が及んだことはきっと一生忘れないだろう。復讐のためにテーマパークを造るなんて正気の沙汰じゃない。冗談でも何でもなく殺されかけたのだ。

「海馬くんかー……」

 決闘者の王国に現れた時も、人を傷つけるような言動は変わらなかったし、相変わらず無茶苦茶ばっかりだった。城之内なんかひどい言葉を言われっぱなしだったのだ。

「睨まれると怖いし、いきなり大笑いしだしちゃうし、言うこといちいちイヤミだし、全然仲良くしてくれないよねー」

 思わず笑いが出た。指折り数えていくと指が足りなくなりそうだ。でも目を閉じてみると、まぶたの裏に浮かんでくるのは不思議とそんな憎ったらしい光景では無かった。視界の端が捉えたふとした表情とか、いつもの苛烈さの影が薄らいだちょっとした表情や所作、そして何気ない一言ばかりだ。もう一人の遊戯が表に出ている時を差し引けば、一緒に居た時間なんてほんの少しでしかないはずなのに。

「でも、そーいうの言葉にするって難しいね」

 だから結局は、短い手紙になってしまうのだろう。思い立ったら後は早い、シャーペンを走らせて封筒に詰め込む。帰りのコンビニで買った切手を貼って、立ち上がった。

「よし、出しに行くぞ!」
『相棒』
「ん?」
『結局それって、ラ』
「わー!わー!それ以上は言わないでよ!」

 恥ずかしい手紙になっちゃった自覚はちゃんとあるんだから、と慌てると、もう一人の遊戯は心底楽しそうに笑う。いつかが来ても、ボクはやっぱり、君にも手紙を書きたいと思うだろうな。

『まあ、いいんじゃないか』

「兄サマ」
「何だ」
「遊戯からの手紙、何だったんだ?」

 シュッ、とわずかに紙が擦れる音がしたので、モクバは慌てて目の前で両手を構える。真剣白刃取り、と叫びたくなる体勢で何とか投げられた手紙をキャッチした。

「読みたければ読め。読めればな」
「字、汚いのか?」
「……それもある」

 兄の言動は気になったが、一応宛名は個人だ。見てもいいと言われたからといって、手紙を開封することはためらわれた。遊戯とは友人と言ってもいい仲なだけに気が引ける。

「これ、どうするんだ?」
「燃やしておけ」
「へ?」

 兄を怒らせるよっぽどのことでも書いていたのだろうか。温厚な遊戯がそんなことを書き連ねる様が想像できない。もう一人の方が筆を執ったとも考えられないし……

「オレは、先手を取られるのが心底嫌いだ」

 やっぱり兄の言う言葉の意味は分からなかったが、従順な弟としてはこの手紙は燃やさねばならないのだろう。だけどその前に、ちょっとだけ読んじゃってもいいよね?兄サマ。

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