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逆算カウントダウン!



※原作数年後

「あのさー……海馬くん」
「何だ」
「いや……」

 数十分後決闘を控えているため、デッキのチェックに余念の無い海馬はうるさそうに返してきた。確かにそんな時に訪れてしまった遊戯はタイミングが悪かっただろうし、対戦者に払う敬意が欠けていると思われても仕方ないだろう。だが、遊戯ばかりに非があるわけではないと強く主張したい。

「貴様がこのオレと決闘がしたいと連絡してきたのだろうが」

 確かにしましたとも。1ヶ月も前に。
 フリーの決闘者として遊戯は世界各所を渡り歩いていたが、ここしばらくは日本に帰ってゆっくりしようと考えていた。旧友たちとも顔を合わせたかったので、勝手にその一人にカウントしている海馬へも声をかけたのである。ただし、海馬への直接の連絡手段は持ち合わせていなかったので、海馬コーポレーションを介することにしたわけだが。これに関しては、

「身元もはっきりせんような奴の口頭の伝言などすぐにオレまで伝わると思うか。相変わらず考えの浅い奴だ」

との仰せだ。まあそれはいいのだ。1ヶ月は経ってしまったが、こうして会って決闘に付き合ってくれるというのだから。いきなり玄関先に黒いリムジンが滑り込んだりしてきたのにも驚いたが、迎えを寄越してくれるなんて至れり尽くせりである。問題は、その向かった先が海馬の家でもKC本社でも無かったことだ。

「決闘がしたいとは言ったけど、それってこういうんじゃなくてさあ……」
「貴様が決闘をしたいと言ったから、日程を決め、場所を決め、観客を用意してやった。これだけお膳立てをしてやってどうこう言われる筋合いは無い!」

 先ほどちらりと覗いた会場――ドームの中は、余裕無くぎっしりと人で賑わっていた。いくらぐらいの興行収入が望めるのですか、とか意地悪な質問をしてみたくなったが、リアルな数字を聞かされてもきっと実感など湧きもしないだろうから黙っておいた。お邪魔しました、などと覇気無く呟きつつ自分の控え室に戻る。

「まあ、楽しめればいいよね」

 この際観客は二の次だ。デッキと相手さえいれば、どこでだっていつだって楽しめるのがM&Wの醍醐味である。そして海馬との正面切った正々堂々の決闘――それは、『遊戯』にとって初めてと言っていいものだ。長年の念願がやっと叶う。考え様によっては、これはそのステージとして最高の演出かもしれない。

「逃げずに現れたことは褒めてやる」
「その言葉、返すよ」

 こっ恥ずかしい紹介の口上を読み上げられて、ステージ上に躍り出る。遊戯と海馬が一言交わしただけでドーム内が熱く揺らいだ。マイクが入っていたらしい。ちょっと恥ずかしいな。
 デッキをシャッフルする。間近で見る久しく見ていなかったあの好戦的な笑みに心臓が高鳴った。これから展開されるだろう激しい戦いの予兆を感じただけで、心地良い高揚感で息が止まりそうだ。

「減らず口を!」
「もう昼休みに一人でゲームやってるボクじゃないからさ」

 スタンバイのかけ声に、深呼吸をしてデッキをセットした。信じるカードと、海馬の戦術を考慮したカードの最高のデッキだ。全く負ける気がしない。それは向こうも同じだろう。自然と表情が笑みになる。

『決闘!!』

 突然聴覚も視覚も意識も奪われたのは、叫んだその瞬間だった。

「……?……っ、た……!」

 甲高い音が耳の奥で発せられていて耳障りだ。耳を押さえつつ起き上がろうとして、体中のあちこちが鈍く痛むことを自覚する。そもそも海馬と決闘していたはずなのに、どうして横になっていたのだろう。
 周囲は喧騒に満ち溢れ、慌しく人が行き交っていた。見上ればそこにあるのは無機質な骨組みのドームの天井ではなく、高い青空だ。ここは外か。ぼんやりとそれだけを把握する。

「意識が戻りましたか!大丈夫ですか!?」

 黒服とサングラスのごつい男に詰め寄られて動転するが、とりあえず勢い良く首を縦に振っておいた。それにしてもこの耳鳴りはどうにかならないものか。声が聞き辛い。

「何が……どうなってるんですか?」
「は、突然ステージが爆発して、武藤様は吹き飛ばされたのです。幸運にも大きい外傷は無いようですが。あの近距離で怪我ひとつ無いのは奇跡ですよ」
「爆発、って……!じゃあ、海馬くんは!?彼もステージの上に居たはずだけど!」
「社長も幸運なことに無傷でして……どうやら規模の小さな爆弾だったようです」

 その言葉にほう、と力が抜けた。念願の決闘で爆弾を仕掛けられて無傷で生還とは、悪運を呪えばいいのか、ラッキーと喜べばいいのか。

「観客にも怪我人はありません。今脱出誘導中です」
「そうですか……。それで、海馬くんは?」
「社に引き揚げられて、今回の事件についての処理を」
「そっか……社長さんは大変だね」

 今回のことも、海馬コーポレーション絡みのことだったのだろうか。いつもながらハードな人生を送っている人間である。さて、これからどうしようかと思っていると、ふと決闘盤が目についた。目の前の黒服の向こうに同じような格好の見慣れた男――磯野が、情けない顔で突っ立っている。少しよろける足で立ち上がった。

「武藤様……?」
「磯野さん!」
「武藤遊戯!」
「その決闘盤、誰の!?」
「は……?」
「貸して!」

 間抜けな顔で油断した磯野から決闘盤を奪い取ってデッキを引き抜く。一番上のカードを確認すれば、それは世界に三枚しかない、海馬瀬人の最も愛するしもべだった。

(海馬くんのデッキだ……!)

 会社に引き揚げたはずの海馬の決闘盤とデッキが何故ここにあるのか。彼なら、いや決闘者ならどんな一大事が起こってもデッキだけは手放さないはずだ。

「武藤遊戯、それを、こっちに……!」
「海馬くん!」
「む、武藤様!」
「武藤遊戯!」

 遊戯はドームへ向かって駆け出した。止めようとした黒服の腕から何とか逃れる。警察や消防などが駆けつけるにはまだ時間がかかるようで、恐慌渦巻く混乱の最中では、割とあっさりドームの中へ入ることができた。

「武藤様、どちらへ……!」
「あれ、ついて来ちゃったの?」

 遊戯を介抱していてくれた黒服だ。すっかり息を切らてしまっている。小柄な遊戯は何とかなったが、この大柄では人の波を逆流するのは辛かっただろう。

「海馬くんがまだここに残ってるんだ!」
「社長が?もう引き揚げられたと確かに通達が……」
「多分磯野さんぐらいしか知らないんじゃないかな。他の人が止める前にまたここに戻ってきたんじゃないかって思うんだけど……」
「何故そんなことが分かるんです!」
「決闘者だからさ」

 海馬くん、と叫びつつ広い廊下を走る。何しろ広いドームだ。どこに居るのか見当もつかない。遊戯の揺るぎない自信に折れたのか、黒服の男も社長と叫んでいる。

「ステージの方かな……ゲートから座席の方に入ってった方がいいかも……」
「二手に分かれますか」
「うーん……。じゃあこの廊下をボクとは反対に一周してみてくれる?それで誰も居なかったらおじさんは逃げて。まだ爆弾あるかもしれないんでしょ?」
「そのようです」

 黒服の顔が引き締まった。それに頷いて、反対方向へ同時に走り出す。手に持ったままだったデッキをデッキケースにしまう。自分のデッキは装着したままの決闘盤にセットされたままだ。外した方が早く走れそうな気もしたが、やむを得ない。

「海馬くーん!海馬くん、居ないのー!?」

 先ほどまで人で溢れていたドームはすっかり静かで、どこか不気味だ。

「海馬くーん!海馬くん……!」
「……遊戯か?」

 しばらく走ると、数メートル向こうで驚いたような声がして、ゲートから人影が出てきた。もちろん海馬だ。このドームの広さでこんなにも早く見つける事ができるとは。

「海馬くん!何してるのさ!危ないよ、早く逃げよう!」
「貴様、何故ここに居る!」
「何故って、君がデッキ置いてったから絶対ここに居るって思って……」
「チッ、磯野め……!」

 低く悪態を吐き捨てている様につい呆れてしまった。このような危険な場所に入るのを止めるのは当然のことだ。ともかくここを早く脱出しなくては。だが腕を掴もうとした手を振り払われた。

「ステージに仕掛けられたものと同じ規模の爆弾が6つ、その10倍近い爆弾がひとつ」
「それって……」
「警察が先ほど受け取ったらしい犯行声明だ」
「10倍って……!」
「どういう基準でそんなことを言っているか知らんが、少なくともステージは大破したぞ」
「それって余計危ないじゃないか!早く行こう!」
「ふざけるな!ここはオレが建てさせたドームだぞ!」

 だからって一人じゃどうにもならないと思うけど……。どうりで青眼モチーフが多いと思ったのだ。遊戯は点にしていた目を慌てて瞬いた。呆れてる場合でもない。ドームより命だということを思い出させなければ。

「海馬くん君ねえ、」
「―――!」

 ザザザ、と雑音が遊戯の声を遮った。海馬が取り出した無線のようなものから声がしている。怒鳴るように海馬は聞こえている、と返した。

『警察に、新たな犯人からの声明が――』
「何だと?」
『爆弾は順に爆発して、それぞれが導火線になっている、と。警察は小さい爆弾6つの次に大きい爆弾を爆発させる気なのでは、と見ているようです』
「フン……回りくどい奴め」
『6つは最高の数字を選んだ。これで王と王妃の首を刈り取る。導火線の根元で火は止めればそちらの勝ち、タイムリミットは3時、これはゲームだ。……と続けたそうです』
「……それだけか」
『は!』
「分かった情報はすぐにこちらに回せるようにしておけ」
『は!』

 海馬は不機嫌そうな顔で無線をベルトに引っ掛けた。無言でゲートから座席の方へ入っていくのでそれを追う。

「海馬くん、今のって……!?それに3時って、もう30分も無いよ!」
「分かっている」
「二人で探し回ったって見つかりっこないし、見つかったってどうしようもないよね!?早く逃げよう!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。逃げたいなら一人で逃げろ」

 先ほどから海馬は目を細めて座席を見渡している。それは何かを探しているように見えた。怪訝に思い、横に並んでその顔を見上げる。

「何か当てでもあるの?」
「やかましい」

 その瞬間ドン、と大気が揺れた。肩がびくりと揺れる。ゲートのひとつからもうもうと土煙が立ち上っていた。爆弾のひとつが爆破させられたのか。緊迫感に強張る体を、うっひゃあという甲高い声が貫いた。後方の座席から聞こえる。

「そこか!」
「海馬くん!?」

 2段飛ばしで座席の間の階段を駆け上がっていく海馬の動きは俊敏で、追いつくのがやっとだ。海馬が駆け上がった最後座席には、小学生ほどの小さな少年が呆然と座り込んでいた。

「か、海馬さん?と遊戯さん!?本物!?」
「貴様か、『ジュウダイ』とやらは」
「え?え?なんでオレのことしってるんだ!?オレってゆーめーじん?」
「馬鹿め!周りを見てみろ!」

 少年はすっかり閑散とした座席を、初めて気がついたように見回す。オレ寝すごした?などと呑気に頬を掻いている。どうやらこの騒ぎの中眠りこけていたらしい。将来よっぽどの大物になるだろう。

「社長ー!武藤様ー!」
「おじさん!逃げてって言ったのに!」

 怪訝そうな顔をしている海馬に、ボクを追ってきて一緒に君を探してくれてたんだよ、と説明する。これ幸いと、海馬は『ジュウダイ』の首根っこを掴んで、猫の子を扱うように黒服に引き渡した。

「こいつを非難させろ。万一失敗すれば貴様にはクビになった方がマシだと死ぬまで後悔する仕事を押し付けるからな」
「は、はいっ!」

 サインくれよと暴れる少年を引きずって、男はそそくさとゲートから外へ出て行く。遊戯は何とはなしに周囲を見回して、もう辺りに誰も居ないことを確認した。

「あの子を探してたんだね」
「勘違いするな!ついでだ!」

 めちゃくちゃになって、瓦礫のようなものが重なっているゲートの跡地を見つめた。のんびりしている場合ではない。少年は見つけたのだし、さっさと脱出だ。そう思った時、ふと心に引っかかる物があった。

「海馬くん、ざっと数えたんだけど……このドームってひょっとして13個ゲートがある?」
「それがどうした」
「王と王妃って、ひょっとしてトランプのことじゃないかな」

 爆弾と言えば、思い出すのは杏子と遊園地に行った時に出くわしたトランプ爆弾魔だ。あれはトランプを使ったゲームによって、観覧車の13のゴンドラが爆破されていくものだった。

「ゲートをトランプに見立てているということか」
「最高の数字っていうのがよく分からないけど……」
「爆発したのはゲート2だな」

 最後座席ではゲートに近すぎるので、少し階段を下る。どのゲートがどのタイミングで爆発するか分からないからだ。先ほどの少年が巻き込まれなくて本当に良かった。

「最高……?」
「ラッキーセブン、なわけないよね……あと5個とでっかいのが隠されてるんだし……」
「最高、至高、高次……トップ、スプリーム、ベスト、マキシマム、プライム……プライム、プライム・ナンバーか!」
「え?」
「素数だ!」
「……そすう?えーっと……数学で習ったような……」
「高校以下だぞこの程度!1と自分自身しか約数を持たない数だ!」
「ってことは……?」
「貴様の頭には何が詰まっているのだ!13までなら、2、3、5、7、11、13が該当する」
「丁度6つだし、ゲート2とも合ってる……!導火線の根元っていうのは、最後に爆発させるつもりの爆弾のことかな。2から爆発したから13だ!」

 ドームの電光掲示板に大きく取り付けられた時計は、3時20分前を表示している。ドン、とまた大気が揺れた。今度はゲート2の隣、ゲート3だ。焦燥とともに確信する、間違いない。

「どうする……!?警察に言う?」
「機動隊だか爆弾処理班だかが到着するまでこのドームが残っているかは知らんがな」
「でも、ボクたちだけじゃ……!」
「奴はこれをゲームだと言った。そして客を逃す時、奴は爆弾を使わなかった。奴の目的は殺人ではなく飽くまでゲームだ」
「ゲート13に行ってみれば何とかなるってこと……!?」
「さあ、それはオレの知るところではない。だが、ここで時間を潰しているよりはマシだろう」

 ここはゲート10が最も近い。走れば数分で13に辿り着くだろう。ゲートを通るだけなら何も起こらないことは既に多数の観客が証明してくれているのだ。ダメなら逃げればいいだけの話だ。

「オレは行くぞ。貴様はさっさと逃げるなり吹き飛ばされるなり好きにしろ」
「こうなったらボクも行くよ!……今日は負ける気がしないんだ!」
「奇遇だな、オレもだ」

 階段を駆け上がり、ゲート10を抜けて廊下を走る。ついゲートから離れて走ってしまうのは人情というものだろう。遠くでまた爆音がした。今度は5か。復旧費にいくらかかると思っているんだ、という海馬の呟きはそれこそ最高に不機嫌だ。

「よし!13だ!」
「―――!待て、戻れ!王と王妃だ!導火線の根元は11、」
「へ?」

 ぐい、と腕が引かれた。既視感のある衝撃と感覚器官の眩みに意識を奪われる。それでも引かれた腕だけは離れないように強く握り締めた。

「……っ、たー……また……」

 朝も含めて、本日3度目の覚醒だ。しかし2度目よりはよっぽど自分の状況が掴めていた。どうやら13は間違いで、またも爆発に巻き込まれたらしい。これが1度目の覚醒のように爽やかな朝の光を受けたベッドの上なら良かったのだが。しかし永遠に目覚めない可能性を考慮すると喜んでおくべきか。
 焦燥に忘れていた体中の鈍痛が、更に追い討ちをかけられて痛む。一日で2回も爆弾に巻き込まれて生きてるなんてそうそう無いよ。

「……起きたのか。目覚めん方が幸運だったかもしれんぞ」

 すぐ真上で声がして目を上げた。海馬は膝を立てて座り込んでおり、正面をじっと睨んでいる。服が煤けて少しボロついていた。遊戯もきっとそうなっているのだろう。

「今、どうなってるの……?」
「リミット5分前だ」
「ええ!?大変だ!逃げなきゃ!」
「逃げてみればいい、逃げれるものならな」

 呻きながら慌てて起き上がって確認した周囲は瓦礫だらけだった。今どこに居るのかもよく分からない。きょろきょろと周囲を確認している遊戯を、海馬は鼻で笑った。

「12と13の間だ。両方のゲートが爆破され、爆発の威力が上がったらしい。瓦礫に道を塞がれた」
「何で12と13が……!」
「『王と王妃の首を刈り取る』、つまり12と13は順番に関係なく最初から爆破する気だったのだろう。恐らく本来の『導火線の根元』、ゲート11には爆弾が仕掛けられていない。奴に少しでも公平性を考慮する理性があれば、そこに爆発を止める装置があったのだろう。これで6つだ」
「そんなのっ、」
「最初から相手側に有利なゲームだ。文句を垂れようがどうにもならんわ」

 ピシャリと言い切られて項垂れる。では、このゲームに遊戯たちは敗北してしまうのか。それは即ち死ぬことだろう。

「今更怖くなったか。オレは逃げればいいと言ったぞ」
「……それこそ今更だよ」
「フン、不毛な話はもういい。さっさと手を離せ」
「あ、……ごめん」

 遊戯はずっと、海馬の腕を握り締めたままだったのだ。慌てて手を離す。意識を失っている間もそのままにしておいてくれたのか、とふと思ったが、海馬のことだ。単純に面倒だったから放っておいたのかもしれない。

「あと何分?」
「3分ほどだな」

 ほんの20年あまりとは言え、3分で全てを振り返るには遊戯の人生には色々なことがありすぎた。走馬灯すら馬鹿馬鹿しく感じて、左腕に装着したままの決闘盤に触れてみる。どこそこ触ってみても何の反応も無い。さすがに壊れたのだろう。保証期間内なら交換してやるぞ、と海馬が分かりにくい冗談を言った。珍しい。

「何故外して来なかった」
「デッキ離したくなくてさ。すごいねやっぱり。セットしてるだけなのに全然傷ついてないや」
「そのデッキケースは何だ。飾りか」
「これは……」

 収納していた海馬のデッキを取り出して差し出す。怒鳴るかと思ったが、海馬はわずかに顔を歪めただけだった。

「君がどういうつもりでデッキを置いてったのかは分からないけど、ボクは何が何でも……君と闘いたかったんだよ」
「散々闘ってきただろうが。何を焦る必要があったのだ」
「うん、でも、それはボク一人じゃなかったから」

 やはり海馬は何も言わず、黙ってデッキを受け取る。

「『ボク』が、ボク自身が、君と闘いたいってずっと望んでたんだ」
「叶わぬ念願になりそうだがな」
「そんなの嫌だよ」

 カードも命も運命も何も関わらない、単純に最高のゲームをしたかった。
 他ならぬ、様々な宿縁が絡んでしまった海馬とだ。
 ほんのついさっきまで、それが実現できる胸の高揚を快い緊張感を感じていたのだ。きっと、『彼』が感じていたように。

「君は、ボクと闘いたくなかった?つまらないと思った?」
「……そこでそうだと答えたら、貴様は信じるのか」

 たった一戦のために貸し切られたドームがここだった。そう思うと、運があるのか運が無いのかほとほと分からなくなって困る。

「オレが対峙したいと望むのは、常に向かい合う価値のある力を持つ者だけっ、」

 あと幾ばくもない生命のカウントダウンの内なら、まあ多少大それたことをしても、有耶無耶になってしまうだろう。と、その時はその説が何よりの真実であるかのように思えたわけである。

「貴様……っ!」
「あれ?ちゃんと頭の中で数えてたのに」

 やはり人間のカウントには限界があったか。しかし、覗き込んだ海馬の時計は確実に3時を過ぎている。

「……あれ?」
『捕らえました!瀬人様の仰るとおりでした!残る爆弾は発見済み、処理中です!もう爆発の心配はありません!』
「分かった。奴はまだ警察に引き渡すな。このオレがまず生まれたことを後悔させてやるわ」
『は……は!』
「オレはゲート12と13の間で身動きが取れない状態だ」
『至急救助隊を送らせます!』
「ああ」

 床に放り捨ててあった無線を取り上げて、海馬が心なしか生き生きと部下に指示を与えている。展開について行けず呆然とそれを見つめる。先ほどまでの壮絶に低いテンションはどこへ行ったのか。

「あの、海馬くんどういうこと……?」
「6つの爆弾ひとつひとつには、時間指定が無かっただろう。爆発する時間もばらつきがあった。そしてこの王と王妃の首狩りだ」
「どういうこと……?」

 覚えの悪い生徒を冷たくあしらうエリート教師のように、海馬は遊戯の呟きを鼻で笑った。

「かく乱するために12と13を爆破したにしても、タイミングが良すぎたとは思わんのか。つまり奴は、オレたちの近くでオレたちの動向を追っていたということだ」

 部下を潜入させると、遊戯たちを陥れることに成功し油断していた犯人はすぐに捕まったらしい。そんな指示をいつの間にしたのかと思ったが、そう言えば遊戯は意識を失っていたのだった。

「な、何で言ってくれなかったのさ!」
「最後の『10倍』とやらが時限式でない保証は無かったからな。部下が間に合うかも賭けだった」

 あるいは本当にそこの瓦礫のようになっていたかもしれん、などと言われても、その平然とした表情では信用できない。文字通りの決死の行動に出てしまった身としては、事前に一言欲しかったところである。

「救助が来るまで無駄な時間が山ほどあるぞ。……先の貴様の行動についてオレの納得がいくまで釈明させる時間がな」

 その人の悪い笑みは頼むからやめてくれ、と言いたかったが、何が発端で墓穴になるか分からない。既にどこそこ穴だらけだ。そこに入れたら良かったのだが。

「……『生まれたことを後悔させる』って、何するつもり?」
「フン、ひとまずここの修理費の請求書を叩きつけてやるわ」

 それは生きていくのをやめたくなるに違いない。海馬の不敵な笑みから話題逸らしに失敗したことを悟った遊戯は、その時の爆弾犯の気持ちが少しだけ分かる気がした。

「とりあえずはさ、させてよ決闘」

 そして勝ちを奪ってうまく逃れたいところだ。
 なんたって今日は、負ける気がしないのだから。

カウントダウンのその瞬間に (ここでキスして7題-01)

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