「夏準ってやっぱりさあ、捻くれてるよ!」
何食わぬ顔でいつも通りの日常に戻ろうとしている夏準を、ようやくベッドに押し込んだアンの怒りはまだまだ冷めやらない。ソファに腰を下ろすドスンという大きな音に苦笑する。ステージでぶっ倒れて死にかけるという大事件、その昨日の今日なのだ。アレンもさすがに庇えないし、怒りたい気持ちもよく分かる。
「ドSだし、性格悪いし、腹黒だし、カッコつけだし、バカだし、アンポンタンだし、なんでも分かってる顔でなにも分かってないし……」
「アン……」
別に気が済むまで放っておいてもいいのだが、なんとなくこのまま続けさせるとむしろアンが傷つきそうな気がして口を挟んだ。むっと一度口元をまっすぐ引き結んだアンの鋭い視線がアレンをキッと射貫いてくる。つい両手をホールドアップしてしまった。
「アレンもバカだよ」
「今度は俺かあ……」
こうなったらアンは止まらないし、小言MAX状態の夏準と対バンを張れるくらいの圧を持つ。しかし情けない声を上げるしかないアレンを一瞥し、アンはフンとつまらなそうな鼻息をひとつ漏らした。どうやら多少は手加減してくれそうだ。そっと隣に腰を下ろす。タバコが吸いたいのか唇を指先で触れながら、アンはアレンの顔を覗き込んできた。
「大事だからってガラスケースに入れて眺めてたってダメだって分かったでしょ?」
苛立ちに満ちていたヘーゼルの瞳が少し揺れ、最後には気まずそうに逸れていく。見ていられない表情をアレンが浮かべてしまったのかもしれない。うんとかすんとか、何か返したいのに、あまりにも核心を突かれて何を言えばいいのか分からない。
「……アレンだけじゃないよ。僕も、夏準も。そうしてたんだよ」
随分トーンダウンして、独り言のようにアンが呟く。膝の上で祈るように両手を組んでそこに額が付いた。長い髪がさらさらと流れて横顔を隠していく。
「もっと近くに居ようよ。せめて、中に一緒に居よう。そりゃ時々、ケンカしたりさ、傷つけちゃったり傷ついたり、あるけど。今までだって」
途中からその呟きが自分に向けたものではないと分かって、アレンは言葉を探すのをやめた。かけがえのない時間をいくつも重ねてきた。でも、そこには見ないようにしていたラインが互いに確かにあって、その枠内に思い出は無い。あと一歩の勇気が無かったから。
「もう二度と、『愛してるから言えない』なんて聞きたくないよ」
知るはずのない幼い姿の悲痛な叫びと、拾われた日の朝に見たかすかな笑みが何故か重なった。苦しも痛みも綺麗に覆い隠していつまでも心に残る朝焼けに変えてしまう、反則技みたいなやつだ。守りたいな、と思う。あの日守ってもらった音楽の分だけ。そうだな、と小さく零すとアンの泣きそうな笑みが髪の隙間から現れた。
「じゃあ、作戦会議だね!」
「作戦?」
「そーだよ! 思い知らせてやんないと!」
「……やるか」
「やろー!」
なるほど、と涙の滲んだ愉快な笑みを交わし合う。こうなったら徹底的にやらなきゃいけない。もう二度と一人を選べないように、そんなこと思いつきもしないくらいに。