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Glass Never Empties



 なんとなく、曲みたいだなと思う。こんなことを言うと、「またですか」と笑われそうな気がして口に出したことはないけど。テーマもトラックもリリックも、バイブスもアレンジもフローもそれぞれ違う。同じ曲でさえライブで演るとまったく変わったりする。それと同じだ。

 何か、ちゃんとしたきっかけがある時、無い時。「今じゃなきゃダメだ」と追い立てられるような時もあれば、「なんでこうなったんだっけ?」とさっぱり分からないくらい日常と境目が無い時もある。一言もロクに喋らないで荒っぽい呼吸だけ交わしている時もあるし、言葉遊びみたいにいつまでもダラダラ喋っている時、半分ケンカみたいな険悪な雰囲気の時まである。

 でも大抵、特に最近は、夏準はよく笑っているな、と思う。いつもみたいな人に見せるための笑いじゃなくて、内側から滲み出てくるみたいな、何も気取ってない笑み。触れたところがくすぐったいとか、的外れだったらしいことを笑われたりとか、大したことでもないのに不思議と心が満たされる。夏準も俺と同じなんだな、と実感できるのが嬉しいのかもしれないし、単純に夏準が好きなだけかもしれないとも思う。

 ふ、と今日もまた息が抜けた。ふくく……と笑み混じりの吐息が湿った部屋の空気に擦れる。何がツボだったのか大体見当がつかないので、いつも苦笑を返すしかない。

「今日は何がおかしいんだ?」
「子供みたいじゃないですか」

 長い腕が伸びてきて口回りをべたべた汚す唾液を親指で雑に拭われる。まるで他人事みたいだ。キスなんて一人でできるものじゃないというのに。こちらから仕掛けると、それを面白がって夏準は逆に体を押し返そうとしてくる。と、アレンもついムキになるのだが、パッと見の印象と比べて夏準は背が高いし体格もしっかりしている。その体を更に押し返そうとしている内に、ベッドに押さえつけるような体勢になって、達成感のため息をベタベタの口元から零すことになる。子供っぽいと言われたらそうだろう──でも、お前のせいでもあるだろ。

「遊ぶなよ……」
「真面目にやれってことですか?」

 間髪なしのアンサーに一突きされて、ふは、アレンまで笑ってしまった。なんだか気が抜ける。そりゃ確かにこんなこと、真面目くさってやることじゃないかもしれないけど。はあ、苦笑とため息を一緒に吐き出す。夏準はまだ機嫌良さそうに笑っている。口元に添えられたままの手、その甲に自分の手を重ね、手首のあたりにぐりぐり唇を押し当てる。ふふふ、夏準がくすぐったそうに笑う音の波が心地良い。笑みで揺れる喉を隠すように頭が横に倒れて、ベッドランプでオレンジに照らされた首筋がよく見えた。

 あ、そういえば。

 これは自分でも自分のいいところ、同時に悪いところと自覚しているが、ぱっと思いついたら最後、体が先に動いている。逃がさないように重ねた手を引っ張ったまま、空いた首筋めがけて体を屈め、そのまま小さく口を開けて軽く歯を立てた。ぴく、と肌が揺れ、いつも付けている香水の甘い香りを吸う。体を少し戻して至近距離で顔を確認したが、夏準はただ怪訝そうにこちらを見上げている。そしてそんな夏準を見下ろす自分も同じような怪訝な表情を浮かべているはずだ。

 あれ?

 もう一度首筋に軽く歯を当て、そのまま唇を閉ざして何度か押し当てて離れる。そして夏準のなんともいえない表情を確認してまた首をかしげた。おかしいな、と今度は舌で首筋を舐めてみる。なんの味もしないが、くすぐったそうな身じろぎが返ってくる。

「……急にどうしたんですか?」

 名前を呼ばれて見下ろす顔も声も、考えていることを探ろうとする表情に呆れた笑みが少し混じっているだけだ。「うーん」、それに落胆を隠さずに返事をする。

「この前の顔、もう一回見たかったんだけどな」
「……この前?」
「うん。秋の衣装撮ってた時」
「ああ……、?」

 珍しく夏準の顔も返事もあいまいだ。何のことを言っているかは分かるが、どういう意味か分からない。多分そんな感じだろう。確かに唐突だったなと思って苦笑を傾ける。

「かわいかったから」

 普段はとことんこちらをからかって遊んでいるくせに、それこそ子供みたいなことで拗ねて、ちょっとした仕返しに期待以上の反応を見せたことが強く印象に残ってしまった。その時は珍しいドッキリ成功にただ満足していたが、後からたまにあの顔を思い出していた。そういえば「こういう」時、すっかり心を溶かして笑っているのと同じくらい、余裕がなくなって笑みが無くなる瞬間が好きでたまらないなと気づいたからだ。

「夏準?」

 さっきの瞬発力はどこへ行ったんだろうか。なんとも言えない表情のまま動かない夏準に声をかける。すると、止まっていた時が動き出したみたいにパタリと瞼が一往復した。は、と笑み混じりの息が漏れる。

「……たしかに、意外とヴァンパイアの才能ありそうですね」
「なんだよそれ」
「いつか意味が分かるといいですね。……ボクとしては、分からないままでもいいんですけど」
「はあ?」

 更に問いを重ねようとしたが間に合わなかった。引っ張っている手が離れて首に回り、無理やり屈まされて唇が重なる。そろそろ真面目にやってください、キスの隙間の言葉でまた笑ってしまった。

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