※お題箱で頂いたお題:DX日輪刀を手に入れた水兄弟弟子
二人の日曜日
炭治郎が義勇と初めて会ったのはお使いの途中だ。禰豆子と二人、仲良く手を繋いでスーパーに向かっていたところ、凄く嫌な匂いをさせた男の人に声をかけられた。すぐに逃げようと禰豆子の手を引いたが、それで禰豆子がこけてしまって、男の人はそんな禰豆子の足に気味が悪いほどベタベタと触った。かわいそうに、痛かっただろう、お医者さんに連れてってあげるよ……思い出しても寒気がする気持ち悪い匂いと声。真っ青になって声も上げられないでいる禰豆子を助け起こそうとしたら、男の表情は一変した。邪魔をするなと殴られて体が後ろによろけ、その背をしっかりと支えられた。
「後ろにいろ」
顔を見上げようとしたが、その時にはもう学生服に包まれた背が目の前にあった。竹刀袋から竹刀を取り出したと思ったら一瞬だ。音も衝撃も無かった気がする。きっとあったはずだけど、記憶から綺麗に消えている。まるで水の中で踊っているみたいに義勇が竹刀を横に振ると、男は吹き飛んで傍の塀にぐったり沈んだ。炭治郎も禰豆子も何が起こったのかまるで分からなくてポカンとしていた。
はー、細く息を吐いた義勇が竹刀袋を摘まみ上げ竹刀を納める。それでハッと我に返って禰豆子に駆け寄った。転んだところを少し擦りむいているけれど怪我は無い。ただ、普段はしっかり者の禰豆子がわんわん泣いて抱き付いてきたのを見ているうちに炭治郎も涙が出てきてしまった。俺がしっかりしていれば怖い思いをさせなかったのに。俺がちゃんと気を付けてやっていればこけさせたりしなかった。禰豆子をぎゅっと抱き締め返しながらすすり泣く。
「あり、がとうございま……した……」
嗚咽を挟みながらなんとか礼を口にした。この人が助けてくれなければ今頃どうなっていたか、想像するのも恐ろしい。涙と鼻水にまみれた顔を、義勇は眉根を少しだけ寄せた顔で見下ろしていた。
「泣いて妹が守れるなら、楽な話だな」
困った匂い、心配する匂い。厳しい言葉の裏にある匂いが優しくて、炭治郎は禰豆子と一緒にしばらく泣き続け義勇を一層困らせたのだった。
そう、多分、その出会いがいけなかった。義勇のように強くなり弟妹たちを守ってやりたくて飛び込んだ道場で、炭治郎が義勇にとって初めてできた弟弟子なのも良くなかった。いや、全然悪くはない。あの時義勇と出会えたことは炭治郎にとって最大の幸運だったし、あの時の静かな太刀筋はいつも胸に繰り返す宝物だし、弟弟子として義勇にひっついて回り、すっかり親しくなれたのは嬉しい。間違いない。
「義勇さん、これは」
「だから言っただろう。礼だ」
稽古を終えて招待された夕暮れの義勇の部屋。義勇から香るのは炭治郎への親しい気持ちと満足そうな匂い。嬉しいこと尽くしじゃないか。炭治郎、喜ぼう。喜ばないと。ほらもう、義勇さんの匂いが不安そうになってきた。
「気に入らなかったか」
迫力のサイズ全長約五十八センチ。先日一緒に見に行った映画の主人公がでかでかとプリントされた箱が川のように炭治郎と義勇の膝の間を流れている。DX日輪刀。カクカクした字が格好良い。
「……高かったんじゃ」
「映画だって安くはないだろ」
映画を見に行きたい。誰でもなく、義勇さんと。そう思い立ってからコツコツ貯めたお小遣いが安いと言われたらそれは悲しい。俺が連れてきたんだからと言い張って義勇のチケットまで買った時、何故だか心の底から誇らしかったから、きっとその気持ちを否定されたみたいな気分になったことだろう。だからこうして、高校生にとっては大したことないだろう額のことを大事にしてくれるのは本当に嬉しいし、ありがたい。だけど。だけれど。
「それに、いい映画だった」
あれから義勇も炭治郎の好きなアニメを見てくれて、漫画まで揃えて炭治郎に貸してくれた。義勇と度々漫画の話ができるのが心から楽しい。炭治郎が好きだとか面白いだとか感じるものを義勇も同じように感じてくれることのなんて幸せなことだろう。
「炭治郎」
焦れたように義勇が名を呼んだ。窓から入る秋の夕暮れに照らされた白い顔が橙色で描かれている。睫毛が夕陽の色で透けて、蒼い瞳に赤色が混じるのが綺麗だ。その目に操られるように、炭治郎はぎこちなく箱を開けた。
「お前は筋がいい。型も綺麗だ。振って見せてくれ」
初めて聞いた炭治郎の技への評価にカッと頬が赤くなった。夕陽のせいだと思ってくれたらいいけど。恩人で、憧れで、大好きな兄弟子の義勇さんがここまで言うんだから──恐る恐るプラスチックの柄を手に取った。いや、でも。でもなのだ。
これが両親から贈られたものだったら、きっと炭治郎は飛び上がって喜んだ。弟たちと一緒になって鬼殺隊ごっこに没頭したに違いない。でもそれを今、この静かな義勇の部屋で披露するのか。そんなのまるでちびっ子だ。そう、時折炭治郎は義勇の中で五歳くらい小さく扱われる。可愛がってもらっているのは分かる。それは嬉しいのだ。嬉しいけれども──
「遠慮してるのか。ここまで言っても」
呆れたように言って、義勇は小首を傾げて優しい目で炭治郎を覗き込む。なあ、と普段よりずっと親しげに呼びかけられて胸がバクバク跳ねた。なんでこんなにドキドキするんだろう、分からない。
ああ、そうだな、ため息のような囁き声が間近に落ちると義勇の吐息が、大好きな匂いと一緒に炭治郎の鼻先に触れた。それほど近い。
「俺が猗窩座をやろう。お前は煉獄さんだ」
「いえ、そうじゃないです」
思わず手に持った何もセットしていない日輪刀の柄を振ってしまった。全集中!水の呼吸、壱ノ型!映画の主人公が元気よく叫ぶ声が再生される。いや、だからそうじゃなくて!水面斬り!ザバァー!!じゃなくて!