※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14376253
※ pictSQUAREオンラインイベント「遠くても会えるよ」で公開したものです
確かに俺は言いましたよ。一生会わないでも構わない……ことはないけど、すごく悲しいけれど、もしそうするしかないのなら納得してみますからと言いました。嘘を言ったつもりはないです。命の恩人だから、親切にしてくれるから義勇さんが好きなわけじゃない。俺たちは義勇さんだから好きで、義勇さんが好きなように足を向けた先にうちがあってほしいと思ったんです。その心がほしいんです。その他はなんにも要らないって本当に思っています。だけど半年何の音沙汰も無いのはさすがに寂しいです、義勇さん。これまでは一月に一度は必ず顔を見てたんですよ。それが突然半年も。ちょっとばかり極端じゃないですか。相変わらず手紙には一切返事が無いし。鱗滝さんには近況報告が届くらしいのにどうして。本当は義勇さんは俺たちの顔なんて見たくなかったのか……いや、そんなことは無いはず。義勇さんだって俺たちのことを好きでいてくれるって答えてくれたじゃないか。半年がなんだ。
寝しなにそんなことをつらつら考えていたのが良くなかったらしい。俺はとうとう義勇さんと向き合っていた。夢の中の雪山で。
「あっ、ごめんなさい」
咄嗟に謝ってしまった。真っ青になって開けた大口から白い息が膨らんで溶けて消えたけれど、寒さは全く感じない。俺は夢を見てもそれが夢だと分かることが多い。いつからだったか、夢を夢だと思って好き勝手動けるようになった。段々コツが掴めてくると、夢の中で戦い方や体の動かし方の見直しができるようになっていき、我ながら凄いと思っていた。ちょっとした特技って言ってもいいくらいじゃないかって。その時はまさか義勇さん会いたさに夢に引きずり込むようになるなんて思ってもみなかったから。もちろん本物じゃないって分かってはいるけど、甘えているようで申し訳ないし情けないし恥ずかしい。
雪の中の義勇さんは抜き身の日輪刀をだらりと下ろした腕に握っている。風が吹くとあちこち跳ねた髪の毛がさわさわ揺れた。髪が短くなってまだ一年くらいなのにもう懐かしい感じがする。俺が誰で、どんな気持ちでいるかなんて、まるで興味が無さそうな目。曇り空の下では冷たい藍色に見える。
口を大きく開けたのに、何も言葉が出てこない。そうだ、この時はまだ呼ぶ名も知らなかったんだなあ。俺もこの恐ろしい人が誰で、どんな人かなんてどうでもよかった。禰豆子を助けてさえやれるなら。胸がぎゅっと苦しくなって目を閉ざす。それから後は夢も見ずに眠ってしまったみたいだった。
次の晩、義勇さんのことをできるだけ考えないようにしようと念じていたのが良くなかったようで、また義勇さんの夢を見た。俺はもう言葉もなく赤面するしかない。本当にごめんなさい、義勇さん。義勇さんは姿勢正しく玉砂利の上に膝を付けている。懐かしい隊服と凛々しい横顔。その向こうに大きな松が身を捩らせているのが見える。ああ、この時の夢だ。俺は押さえつけられていたからこんなに低いところに目があるんだな。義勇さんはこちらをちっとも見ようとしない。俺が誰だか知ってはいても、ここでどんな気持ちになったかなんて全く興味が無さそうな美しい横顔だ。
「冨岡さん」
玉砂利に付けた頬をもごもご動かす。ただそれだけ。義勇さんもこちらを振り返ることはない。だけどなんだか、あの時に感じた大きな気持ちのほんの千分の一くらいは届けることができたような気がして嬉しい。
「冨岡さん」
たまらずもう一度名前を呼んだ。涙が溢れ、視界が暈けて、それから後は夢も見ずに眠ってしまったみたいだった。
また次の晩。うすうす分かってはいたけれど、やっぱり義勇さんの夢を見た。竹が風にふらふら揺れて音を立てる夕暮れ、愉快そうにこちらを見つめてくるので驚いてしまった。本当にびっくりした。遠くで藍色に澄んでいた暗い瞳が、夕日が差し込んでこんなに近くで柔らかい光を溜め込んでいる。俺はあの時、お館様の言葉と、鍛錬と、とにかくたくさんのことがあって、全然気が付いていなかった。この時には俺のことを誰だかすっかり知っていて、どんな気持ちでいるか知ろうとしていてくれたんだ。こんなに近くに座ってくれていたんだなあ。
「義勇さん」
思わず名前を呼ぶと、きょとんとまつ毛が弧を描いてちょっとだけ幼い顔をして、義勇さんは小さく首を傾げた。嬉しいなあ。本当に大変なことばっかりだったけど、この後もたくさんのことがあったけれど。こんなに優しい目で見ていてくれたのか。
「炭治郎」
夢の中の義勇さんが答える。また胸がぎゅうっと圧し潰されて目を閉じた。それから後は夢も見ずに眠ってしまったみたいだった。
次の晩はもう恥ずかしいとか情けないとか考えることはやめにした。ただ本人の居ないところなので若干の申し訳なさは残っているけれど。義勇さんは秋の中、ブナの木に背を預けている。
「義勇さん」
激闘の末失った右腕、ばっさり短くなった髪。優しくて穏やかな顔は昨晩見た義勇さんと変わらないはずなのに、その笑みを見ているだけでたまらない気持ちになる。
「会いたいです」
夢でもいいから会いたい。だからもうしょうがない。命の恩人だから、親切にしてくれるから義勇さんが好きなわけじゃない。俺は義勇さんだから好きで、義勇さんが好きなように足を向けた先にうちがあってほしいと思うからこそ、そんな義勇さんに毎日だって会いたいんですよ。義勇さんが俺に一生会わなくても平気だとしたって。ああだめだ、やめようと思っても自分が情けなくなる。うつくむと、義勇さんの左腕が動いた。ゆっくり伸びてきて右手を優しく包まれる。
「俺も会いたい」
弾かれたみたいに顔を上げた。まさか俺は自分だけじゃなくて夢の中の人まで好きに動かせるようになっちゃったのか。さすがにそこまでは申し訳ないぞ。おろおろ困っている姿を義勇さんはまるで本物みたいにおかしそうに目を細めて笑う。
「初めは夢でも嬉しかったが。お前が毎晩うるさいから」
えっ、どういうことですか、言い募ろうとしたのに目が覚めてしまった。まだ夜も明けきっていないのに鎹鴉が額にのっしり乗り上げてきたからだ。なんだよもう、せっかく……そう思いかけて真っ赤になって静かに身を起こす。いやいやいや、せっかくじゃない。起こしてもらったことに感謝しないと。どんな自分に都合のいい夢を見たか分からないぞ。
だけどふと、馴染みのある、とても恋しい匂いを嗅いだ。鴉の足に結びつけられた手紙から匂いがする。みんなを起こさないようにそっと、けれど慌ててそれを解いて後悔した。外で見れば良かった。大声で叫びたくってたまらない。ああどうしよう、まずは聞かないと。昨晩どんな夢を見ましたか、とか。他にも山ほど。会えなかった分だけ。