「私ね」
大学構内の公園を「デート」という名目で並んで歩きながら、彼女はふと口を開いた。視線だけで返事をすれば、彼女の目元も嬉しそうに緩む。
「椿って名前、時々いやなの」
桜の季節が終わり、青々とした並木を背にする白い顔は、昼下がりの光を受けて輝いている。大きくて丸い瞳に、鮮やかな赤い唇。「椿」という名前をそのまま人にしたかのような姿でそんなことを言うものだから、思わずぽかんとする。ふふ、予想できた反応なのだろう、花がまた綻ぶ。
「だって、私の名前を知った人はみんな、私のこと椿だって思うんだもの」
「……相変わらず難解だね。私の恋人は。詩人か……もしくは、哲学者かな」
「それはね、直明さんが難解に考えてるだけよ」
歌うように彼女は言った。こちらの様子を覗う目はいたずらっぽくきらきらと輝いている。もうすぐ夏が来るな、と少し思考がズレたが、それが伝わってしまったのか腕をぐいと引かれた。
「私、いつも椿じゃないわ」
「それじゃあ、なんだろう?」
「椿や、ヒマワリや、マリーゴールド……それから、そうねえ、コスモスだったり、ブルースターだったり、スミレだったりする時もあるの」
いよいよ話に追いつけなくなったので眉を下げて笑うと、何がおかしいのか椿はくすくす笑った。彼女の言いたいことがもっと分かるようになりたいと思う。けれど、彼女に翻弄されるのも悪くないとも思う。
「直明さんはね、知ってなきゃダメよ。他のみんなが難解だって思っても」
椿は考えが読めるんじゃないだろうかと思う時がたまにあった。気まずい笑みを浮かべる鼻先に、ピアノを弾くために作られたような長く白い指が優しく触れた。
「すぐに見つけないとダメなんだから」